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12年めのDolphin Magic 序章 違和感

Attention
しばらくは「台湾で感じてきたこと」を書き留めます。
文体が少々堅いものになりますが、ご了承頂きたく思います。   Hide



「世の中には2種類の人間がいる。
 Bikeに乗る人間とBikeに乗らない人間だ」


これは、有名なオートバイジャーナリスト、佐藤信哉氏の言葉だ。
一見「極論」とも取れるが、
意外にも的を得ている表現ではないだろうか??

Bike。
この言葉を聞いて、みなさんは何をイメージするだろうか?
「危険」「危ない」「ウルサイ」「汚い」等々・・・・・
おそらくは、そのほとんどがネガティブなものであろう。
最近でこそ、そのイメージは薄れてきたが、
数年前までは「アウトローの象徴」でもあった。

「Bike」は、人間が扱う機械としては
あまりにも「不完全で不便」だ。

夏は暑いし冬は寒い。
雨が降れば濡れるし風が吹けば煽られる。
大きな荷物を運べるわけではないし
たくさんの人をのせることもできない。
「支え」がなければ倒れてしまうし
乗り手の技術によって、走行性能にも差が出てしまう。

では、なぜ「Bikeに乗る人間」は、
そんな「Bike」に好んで乗ろうとするのか?

それは「Bikeに乗ることが楽しい」からにほかならない。

Bikeは人間が乗ってはじめて「命」を宿す。
誰が乗っても、いつも同じように走る四輪車とは、根本的に違う。
「Bikeに乗る人間」は、この「厄介な乗り物」を扱うことに
「快感」を感じているのだ。

もちろん、この「Bike」が嫌な人も多い。
どんな天候であろうと、安全に快適に移動できる
四輪車のほうが「道具」として優れている。
それを利用した方が、日常生活が快適に過ごせるはずだ。
多くの常識ある人たちは、そう考える。

どちらを選んでも、それはそれで正しい。

ただ、ひとつ注意しなければならないことは
「違う思考を持っている人間のことは
 なかなか理解しがたいものである」

という事実だ。

ゆえに、お互いの主張・存在を認め、尊重したうえで、
自分の行動を決定するべきなのである。。。


そして、そのことによって、その個人特有の
「思考ー選択ー行動のパターン」が現れる。


多くの場合、我々は「理性的・論理的に考えている」つもりで
実は「好き嫌い」でモノを判断してしまう。
しかしそれは、けして悪いことではない。

その「好き嫌い」の価値判断の積み重ねが、
その人の選択・行動のパターンを作り上げている。
「いかにも、あいつらしいなあ~」と思われるような
個人のパーソナリティの一部を構成しているのだ。

個人レベルではなく、社会という共同体のなかでは
その個人の行動パターンによって、
その個人に、自然に「それなりの役割」が生じる。

その「役割」とは、共同体がより上手く機能するべく
個人の行動パターンを最適な形で発揮できるように
自然に「自己組織化」される傾向にあるようだ。
(注:意図的な操作や「いじめ」等がないことを前提とする)

つまり、その共同体のなかの「役割」は、
お互いにとって快適で有益なものとなるはずだ。

しかし、この「思考ー選択ー行動のパターン」は、
残念ながら普遍的なものではない。
何らかの体験、経験により、
それこそ「ある日突然変わってしまう」ことがある。

自分のなかに発生した「変化」に気付き
今までと異なった「思考ー選択ー行動のパターン」で振舞おうとすると
突然、今まで何の疑問も持たなかった「自分の役割」に
大きな違和感を感じてしまう。

違和感を感じるのは、なにも自分だけではない。
他の共同体のメンバーも当然ながら、
変わってしまった「相手」に対して違和感を覚える。
曰く「おい。あいつ最近、変だよな??」という具合に。

残念ながら(?)、我々人間は、
他人が変化することも、自分が変化することも、
どちらも受け入れることを拒む傾向にあるようだ。

では、そんなとき、どうするべきなのだろうか??

変わってしまった自分を素直に認め、
今までとは異なった「役割」を共同体の中に求めるのか??
或いは共同体に属すること自体をやめてしまうのか??

それとも、自分の中に起きた「変化」に目をつぶり、
今までの自分の役割を貫き通すのか??

佐藤信哉氏の表現を借りるなら、

「世の中には2種類の人間がいる。
  変わってしまった自分に向き合って、
   新たな役割を探る人間と、
  変わってしまった自分に目を瞑って、
   今までの役割を貫き通す人間だ。」


ということになるのだろう。

もちろん、どちらを選んでも「正解」なのだろう。

そして唯一、出来ることは
お互いの主張・存在を認め、尊重したうえで、
自分ならどうするか?を決めることであろう。

結論は自分で下すしかない。

to be continue
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プロフィール

Hideyuki  Sato

Author:Hideyuki Sato
★あん摩マッサージ指圧師
  鍼灸師 理学療法士
★フェルデンクライス・プラクティショナー

  

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